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「ジーンズは、自由の服のはずだった。」「ジーンズは、自由の服のはずだった。」

9月28日
読了時間: 1分

ジーンズはゴールドラッシュで生まれた。


1950年代、一部の若者が街で着始めた。反体制の象徴だった。自由の象徴だった。



俺が子供の頃、体制側と戦うような生き方をしていた。ジーンズを知ったとき、こいつは俺と同じだと思った。


ところが。


ジーンズ好きになると、同じジーンズ好きから言われる。


「なんで洗うの?」


「まだ○ヶ月だから洗っちゃダメ」。


自由の服に、いつの間にかルールができていた。


不思議だった。なぜ自分からルールの中に入り込むのか。縛って喜んでいるのか。


だったら英国紳士のドレスアップを研究する方がよっぽど正直だと思った。あっちは最初からルールがある。ジーンズは違う。


洗い方や頻度を考えながら履かないといい色落ちしないジーンズは、最初から買う価値がない。その人の生き様が色落ちになって出てくる服だから。


結局、ジーンズは人だと思う。

どう生きているか。何が好きで、何が嫌いで、どんな一日を送っているか。それが全部、色落ちという形で出てくる。

ルールじゃない。人だ。

 
 
 

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